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対人援助のお勉強ブログ

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2012年05月27日(日)

『ふれあいケア』2012年2月号③

問題解決に向けて

 江藤さんは、自分自身の力で、本沢さんとの関係を取りもどしました。先月から谷口課長に話を聴いてもらっていたことがその背景にありました。江藤さんは、自分の気持ちを素直に表現し、それを谷口課長に聴いてもらうことで、自分自身を客観的に眺めることができるようになりました。客観的に眺めると、江藤さんの場合は、卑屈でヒステリックだと思っている自分自身と向き合うことになり、心に痛みを感じることになります。しかし、同時に、そのような自分が、今後どうすればよいのかを見いだすこともできるようになるのです。そのためには、心の痛みを感じている江藤さんをしっかり受け止めることが必要になります。実は、自信がなかった谷口課長は、小柴主任に相談しながら、江藤さんの話を聴いていました。

 ところで、ユニットリーダーの柳田さんに間に入ってもらってはどうかというのは、小柴主任の発案でした。ユニットというチームのメンバーで解決してもらいたかったからです。また、柳田さんには、リーダーとして仲介できる力量が身についていました。少なくとも小柴主任はそう信じていました。

 谷口課長が長期の休暇から復帰後、短期間で、職場の人間関係がよい方向に動くことになりました。小柴主任は、たいへん優秀な人材ですが、やはり谷口課長の存在感も見逃すことはできません。ユニットの若い職員が急速に成長の兆しを見せたことは、多くの力の相乗効果といえるでしょう。




2012年05月22日(火)

『ふれあいケア』2012年2月号②

「そうなの・・・・・・。意外だったなあ。あなたのことがとても身近に感じてきたわ・・・・・・。ところで、本沢さんは、落ち込んだときにどうやって立ち直るの?」

「そうですね。就職したばかりの頃は、学生時代のゼミの先生にメールで相談してました。小柴主任が、今、受けてらっしゃるスーパーバイザー養成研修の講師が私の先生なんです。でもこの頃は、柳田さんがよく話を聴いてくださるんで、柳田さんに頼り切ってます」

「なるほど、それでつながったわ。あなたも小柴主任も、その先生から勉強して、関係作りや話を聴く技術がすごいんだ。それに、小柴主任から影響を受けた谷口課長や柳田さんが、この頃ずいぶん変わってきたし、その影響で島田さんや私も変わってきたんだ」

「すごいですね、影響って・・・・・・」

「そうね・・・・・・。本沢さんは、以前から、誰かに相談することで、落ち込みから立ち直ってたのね。私には、それができなかったのよ、意地っ張りで・・・・・・。でも今は、谷口課長に話を聴いてもらって、聴いてもらうことの大切さがよくわかってきたの。だからね、私も人の話を聴けるようにならないといけないって思ったの」

「そうなんですか・・・・・・」

「今こうやって本沢さんと話していると、本沢さんのことが少し理解できてきたし、自分の思い違いにも気づいたわ。気持ちよく仕事をするためには、職員同士でも話を聴いたり聴いてもらったりしないといけないね。柳田さん、本沢さんと話す機会を作ってくださってありがとうございました」

 江藤は、今まで、本沢と個人的な話をすること自体抵抗を感じていた。谷口の進言で本沢と話し合うことになった今日も、ついさっきまでずいぶん構えていた。しかし、本当に話してよかったと思った。谷口に話を聴いてもらっていたことで、素直になれたのかもしれない。本沢も、6月以降の江藤に対する苦手意識がすっかり消えたように思った。二人の表情は、晴れ渡っていた。

 終始黙って聞いていた柳田は、「これで大丈夫だ」と確信した。そして、小柴主任に報告しておこうと思った。




2012年05月18日(金)

『ふれあいケア』2012年2月号①

 6月以降(6月号参照)、表だったトラブルはないものの、江藤直美と本沢奈都子の間には、なんとなくぎこちない、少々不穏な空気が漂っていた。お互いに相手の様子を窺っている状態だった。

 江藤は、先月から介護課長の谷口和代に、定期的に話を聴いてもらっている。谷口の進言により、ユニットリーダーの柳田啓介に間に入ってもらい、本沢と話し合いをすることになった。

 

「じゃあ、江藤さん、本沢さんに気持ちを伝えてみようか・・・・・・」

 柳田が、江藤に話すように促した。

「はい・・・・・・。本沢さん、ごめんなさい」

 突然の「ごめんなさい」に本沢は驚いた。

「今まで、本沢さんにずいぶん冷たく接してきたけど、なかなか『ごめんなさい』が言い出せなくて・・・・・・。私、本沢さんのあら探しばっかりしていたような気がするの。そうすることで優越感を感じて自分を維持してた。でもこの頃、あなたは、あらゆる面で私より優れていることを認めざるを得ないようになって、すごく落ち込んでたの」

「そんなことないですよ。江藤さんの介護はとっても利用者さんから評判がよくて、私、見習おうって、いつも真似しようとしてるんです」

「ありがとう・・・・・・そう言ってくれると、救われるわ・・・・・・。実は私ね、仕事のことだけじゃなくて、利用者さんや職員から人気のある本沢さんに対して嫉妬してるの。嫉妬するのは、子どもの頃からのコンプレックスなんだけどね」

「人気だなんて・・・・・。でも、江藤さんにもコンプレックスがあったんですね」

「何かことがあるたびに、嫌な自分と向き合ってしまって、しんどくなるのよ。だから、しんどくならないように、本沢さんのあら探しをして優越感に浸ってたの・・・・・・。今『江藤さんにも』って言ったけど、あなたにもコンプレックスがあるの?」

「私にもありますよ・・・・・・。私は、大声を出す人や言葉遣いの荒っぽい人がとても苦手なんです。何人か利用者さんにそのような方がいらっしゃいますが、どうしても心の距離を縮めることができないんです」

「そうだったの・・・・・・」

「はい、心の距離を縮めるどころか、実は、私には、そんな人を軽蔑してしまうようなところがあるんです。そんなことをしてはいけないと思って、頑張ってかかわるんですけど、とても表面的なかかわりになってしまって。心で思ってることと、やってることが食い違ってて、私って二重人格じゃないかって思うこともあるんです」

「本沢さんって、どんな人ともよい関係を作れる人かと思ってた。それがすごく羨ましかったのに・・・・・・」

「実はぜんぜん違うんです。この仕事をやってる以上、どんな人ともよい関係を作らないといけないでしょ。だから学生時代に必死に勉強したんです。よい関係を作る技術を身につけないといけないと思って。でも、やっぱり心の中では軽蔑してしまっている自分がいて、そんな自分が情けなくて落ち込むことがよくあるんです」



2012年05月13日(日)

『ふれあいケア』2012年1月号③

問題解決に向けて

 「人間」は、自ずと「人と人との間」に立ち、複雑な内面の相互作用を経験します。その結果、孤独感を感じたり、俄然やる気が沸いたりするのです。

 今回、江藤さんは、柳田さんを中心にまとまり出したユニットの中で、よけい孤独感を感じました。自分の卑屈な性格にも向き合ってしまい、苦しみました。表だってトラブルは起こらなくても、こうした内面の相互作用によっても、人間関係は壊れていくのです。一方、江藤さんは、恩人とも思っていた谷口課長に話を定期的に聴いてもらえると決まっただけで、俄然やる気を出し、卑屈な自分が嘘のように思えてきました。本当に人間関係というのは不思議なものです。

 こうした人間関係の模様を捉えるためには、コミュニケーションを取るしかありません。谷口課長が、小柴主任や柳田リーダーと週に一度は会議を開き情報交換していたのは正解です。

 さて、今回は、谷口課長と江藤さんの会話場面に紙面の大半を割きました。この会話場面に、いくつかの話を聴く技術が散りばめられています。どのような技術がどのような効果をもたらしているのか考えてみてください。

 また、谷口課長は、江藤さんの話をしっかり聴くことで、逆に存在意義を感じ、江藤さんに支えられているような気がしました。よい人間関係は、お互いに支えてもらっていると感じることから成り立つのかもしれません。




2012年05月09日(水)

『ふれあいケア』2012年1月号②

「課長に話を聴いてもらっていると落ち着いてきました。これからもこうして話を聴いてくださいませんか?」

「そうねえ・・・・・・わかったわ、話を聴きましょう。ただし、今、あなたのユニットのリーダーは柳田さんだし、直属の上司は小柴さんでしょ。だから、小柴さん

と柳田さんには、あなたの話を聴くこと、ちゃんと伝えておきますよ。もちろん、あなたのプライバシーは守るけど・・・・・・それでいい?」

「はい、それで結構です。ありがとうございます」

  こうして、今年度中は、谷口課長が定期的に江藤の話を聴くことになった。小柴も柳田も、谷口の申し出に喜んで了解した。

 江藤は、新人の頃から慕い、恩人とも思っていた谷口課長が、定期的に話を聴いてくれるということだけで、俄然やる気が沸いてきた。そして、卑屈な自分が嘘のように思えてきた。

 谷口は、小柴や柳田との話し合い以降、初めてうまく職員の話を聴くことができたような気がした。話を聴くコツを掴めたような気もした。そして、話を聴くことに自信をなくしていたが、自分の存在意義を感じ、親子以上も年下の江藤に支えてもらっているような気がした。




2012年05月05日(土)

『ふれあいケア』2012年1月号①

 介護課長の谷口和代は、フロア主任の小柴礼子、ユニットリーダーの柳田啓介との話し合い(11月号)以降、努めて職員の話をよく聴くようにしていた。そして、週に一度は、三人でユニットやフロアの運営について会議の場を持つようにし、職員関係の動向についても情報交換をした。その度に、谷口は、職員の話を聴く技術や態度は、小柴や柳田の方が優れていることを実感し、自信をなくした。そして、見習わなければと思った。

 そんな折り、江藤直美が、泣きそうな顔で谷口のもとを訪れた。

「どうしたの、江藤さん・・・・・・」

「・・・・・・」

「泣きそうな顔してるじゃない。まあ、そこに座って」

 江藤は、案の定、座ったとたん泣き出した。少し落ち着くのを待って、谷口は優しく問いかけた。

「何かつらいことがあったのね。よかったら聴かせてくれる?」

「はい。実は私、この仕事、向いてないんじゃないかって思って・・・・・・」

「・・・・・・もう少し話してくれるかな」

「この頃、私のユニット、柳田さんを中心にすごくまとまって来ているような気がするんです、私以外は・・・・・・本沢さんは、前から利用者さんの話を聴くのは上手だけど、仕事の要領もよくなってきました。島田さんの言動には、この一ヶ月程、利用者さんだけではなく、私たち職員への思いやりも感じられるようになりました。あれだけ批判していた須藤さんや宮本さんが褒めるぐらいです・・・・・・成長していないのは、私だけなんです・・・・・・」

「あなただけ成長していないと思うのね・・・・・・」

「利用者さんはみな、柳田さんはもちろんのこと、本沢さんや島田さんに頼るようになってきてるし、私以外の職員は、みな楽しそうだし、私、一人ぼっちになってきました。私はヒステリックだから、誰も相手にしてくれないんです」

「一人ぼっちだと感じてるの・・・・・・」

「はい、私、たぶん嫉妬してるんだと思います。特に、本沢さんや島田さんには、今まで、私より劣っているところを見つけて優越感に浸ってたんですけど、もう劣っているところが見つからないんです。そんな自分が嫌で嫌で・・・・・・こんな卑屈な性格では、この仕事できないですよね」

「なるほど、それでこの仕事が向いてないと思ってしまったのね」

「私が新人のとき、課長は何度も私を守ってくださいましたよね(11月号参照)。

あのときは、先輩の指導がつらかったけど、課長がいるから安心してたんです。でも今は・・・・・・」

「でも今は?」

「今は、私を守ってくれる人がいないような気がして・・・・・・」

「あなたが新人の頃は、目に見えて先輩の指導が行き過ぎてたし、放っておけなかったのよ。今は、目に見えてあなたがつらそうな場面はないんじゃない?あなたは、しっかり自分のペースをつかんで仕事してるしね。あなたは、仕事に対して真面目で努力家だって、小柴さんも柳田さんも認めてるよ」

「・・・・・・そうなんですか」

「そうよ・・・・・・ところで、あなたの気持ち、小柴さんや柳田さんは知ってるの?」

「何も話してませんし、知らないと思います。柳田さんには、話しづらいんです。話せば聴いてくださると思うんですが、彼とは、経験年数がそんなに違わないの

ですが、感性が違うし、私自身、変なライバル意識をもってしまって相談しづらいんです」

「そう・・・・・・小柴さんにはどうなの?」

「小柴主任に相談しないといけないと思うんですが、まず、私のことを一番よく知ってくださってる谷口課長に話を聴いてもらいたかったんです」

「そうなの・・・・・・ありがとうね」

 江藤は、谷口に心の内を聴いてもらっているうちに次第に落ち着いてきた。一方、谷口は、新人の頃から気にかけていた江藤が相談にやってきたことで、たいへんうれしく思った。




2012年04月28日(土)

『ふれあいケア』2011年12月号③

問題解決に向けて

 柳田さんは、今まで小柴主任が話を聴いてくれた聴き方を意識して、島田さんの話を引き出していきました。島田さんは、柳田さんが上手に話を聴いてくれたおかげで、話しづらいことをどんどん話すことができました。

島田さんには、今まで仕事では誰にも見せなかった一面がありました。それは、島田さんにとっては劣等感であり、克服したいと思っていたことでした。ところが、どうすればいいのかわからず、自分自身にとって理想とする姿を演じることで、自分を守ってきました。

島田さんの話を引き出した柳田さんは、島田さんと自分とを比較し、自分とよく似た劣等感があること、しかし、劣等感から我が身を守る守り方がまったく違うことに気づきました。

柳田さんが、島田さんの話を上手に引き出したことは、両者にとって深い気づきをもたらしました。つまり、相乗作用で両者とも自己覚知が深まることになりました。

今回、柳田さんが、こうした行動をとることができた背景には、今までの小柴主任の柳田さんへのかかわりがありました。どうやら、うまく連鎖していったようです。

宮本さんと須藤さんが、個人的に仲のよい関係だったこともあって、医務室で陰口をたたくという軽率な行為をしたこと、あるいは、そうしたことをしてしまう雰囲気が存在するのかもしれないという課題を残していますが、N園には、確実によい連鎖が起こり始めました。




2012年04月25日(水)

『ふれあいケア』2011年12月号②

島田省吾の気持ち

 先日、医務室で宮本さんと須藤さんが、僕の悪口を言い合っているのを聞きました。陰口のつもりだったのでしょうが、結構大きな声だったので、通りかかると聞こえてきたのです。

 実は、僕は子どもの頃から、人がどのように評価しているかをすごく気にしてしまう性格でした。そんな自分が嫌で仕方がないのですが、どうすればいいかわからず、直接何も言われないように、人と打ち解けることを避けるようになって

しまいました。そんな自分も嫌なのです。 利用者さんに対しては、仕事だと割り切って、努めて明るく接しています。少し乱暴な言葉を使ってみたり、先輩に注意されたことを忘れたり、でもあっけらかんとしていて、気にしないで愛嬌を振りまくというのは、僕が理想としている姿なのかもしれません。そんな姿を演じていました。

 でも、本当は、自分でも嫌になるほど繊細で神経質なのです。以前、須藤さんに言葉使いを注意されたときは、その後あえて明るく振る舞うことで、自然に気にならなくなったのですが、今回は、そんな振る舞いもできないほどひどく落ち込んでいます。

 柳田は、意外な気がした。そして、島田を再認識した。自分も人の評価をすごく気にし、注意されないように相手の顔色をうかがう。そういう意味では、島田

と同じように人と打ち解けにくいのかもしれない。しかし、島田は、理想とする姿をあえて演じている。自分には到底できない。羨ましい限りだ。本質的には同じような要素をもっていても、自分を防衛するための手段がずいぶん違う。

 柳田は、感じたことを島田に話した。逆に、島田は、相手の気持ちを読み取ろうとし、思慮深く行動できる柳田が羨ましいという。二人は、心の内を話し合い、ほんの30分ほどの間に、急速に打ち解けていった。

「柳田さん、ありがとうございました。柳田さんに話を聴いてもらっていると、スッキリしてきました。何か吹っ切れたような気がします。それに、柳田さんがとても身近に感じてきました。今まで無理して一人で愛嬌を振りまいて、孤独なピエロのような気がしてたんですけど、これからは、他の職員さんにも打ち解け

ることができるような気がします」

「それはよかった。僕もスッキリしたよ。宮本さんと須藤さんには、僕から軽率なことはやめるように、それとなく言っておこうか?」

「いえ、何も言わないでください。あのとき、僕が医務室の前を小走りで通り過ぎた姿を見ているはずですから、二人は『しまった』と思っているはずです。これから毎日、僕の方から二人には愛想よく話しかけてみます。そうすることで、二人とも気にしなくなるでしょうし、陰口も叩かなくなると思います」

「それはいい。ところで島田くん、今日は僕に対して丁寧な言葉使いをしてるじゃないか」

「僕だって、本当は丁寧な言葉使いができるんですよ」

 島田と柳田は、笑顔で握手をして、それぞれの仕事にもどって行った。

 柳田は、この出来事を小柴主任に報告しようかどうか迷ったが、今回は、島田、宮本、須藤が、自分たちで解決できると信じ、報告しないことにした。




2012年04月21日(土)

『ふれあいケア』2011年12月号①

・島田 省吾(21歳) 2年目の介護職

専門学校を卒業し、N園に就職。少々言葉遣いが荒っぽく、周囲の誤解を招くことがあるが、親しみやすい性格で利用者には人気がある。

・柳田 啓介(28歳) 6年目の介護職 ユニットリーダー

大学を卒業し、N園に就職。少々気弱なところがあるが、冷静で思慮深くまじめであるため、昨年ユニットリーダーに抜擢された。

・須藤 公子(48歳) パート職員

10年程ホームヘルパーをしていた。N園が増築された2年前から遅出専門のパート職員をしている。迅速で丁寧な仕事ぶりは他の職員に一目おかれている。律儀深い。

・宮本 香江(42歳) 看護師

以前は、救命救急センターに勤務していた。非常に優秀な看護師である。家庭の事情により、変則勤務の緩やかなN園に就職した。



 パート勤務の須藤公子と看護師の宮本香江は、何かと気が合う者同士だった。プライベートでも、ときどき一緒に食事をしたり、子ども連れで遊びに行くような仲だった。

「この頃、柳田さん、しっかりしてきたと思わない?」

「あなたもそう思う?私もそう思ってたの。この頃、何かとよく話を聴いてくれるのよ。気の弱いお坊ちゃまだと思ってたけど、見直したわ」

 医務室で宮本に話しかけられた須藤は答えた。

「それに比べて、島田さんはダメねえ」

「ほんと。愛想がいいのはいいけど、ちょっとチャラチャラしすぎ。本人は気をつけてるらしいけど、相変わらず言葉づかいはなってないし・・・・・(2011年7月号参照)」

 二人が話していると、突然、島田省吾が医務室の前を小走りで通り過ぎた。二人は、目を見合わせた。

 それ以来、島田は何となく元気がない。いつものようにユニットリーダーの柳田啓介が「今日はどうだった?」と声をかけても、「何にもないっすよ」と、愛想も悪く、それ以上話そうとしない。

 次の日もその次の日も、島田は元気がなかった。いつも元気に愛嬌を振りまいていた島田の変化に、利用者たちも心配している。

 見るに見かねた柳田が、島田を別室に招き入れた。

「この頃どうしたの?」

「何もないです・・・・」

「何もないことないでしょ。この頃元気がないので、利用者さんたちも心配してるよ」

「そうですか・・・すみません・・・」

 島田は、トツトツと話し出した。柳田は、小柴礼子主任がいつも聴いてくれるように、相づちを打ったり、要点を整理したり、繰り返したりしながら、島田の話を引き出した。




2012年04月16日(月)

『ふれあいケア』2011年11月号③

問題解決に向けて

 

 小柴主任は、職場復帰した谷口課長のところに、ユニットリーダーの柳田さんを連れて行き、話し合いの機会を作りました。

 三人の話し合いで、人間関係を営む基礎は、過去の体験から作られること、しかし、それは、あとから変えることができることを確認しました。

 その上で、小柴主任は、『みんなを守る』ためにも、自分たちが率先して、なぜそう思うのかを聴く風潮を作ろうと提案しました。

 こうした話し合いの機会をもつことには、非常に大きな意味がありました。まず、何かと職員への影響力が大きい谷口課長に理解をしてもらうということです。職場全体によい風潮を作るためには、谷口課長が率先して動くことが最も効果的でした。

 次に、リーダーの立場である柳田さんが、現場職員の中心になり、率先してよい風潮を作るようにするということです。何かと、小柴主任に頼ることが多かった現場職員ですが、リーダー以下の職員が自分たちでトラブルを防ぐことができれば、職員の人間関係は、よりよくなっていくことでしょう。また、つながりの強い集団になっていくことでしょう。

 

 今回は、トラブルが起こったわけではありませんが、今後のトラブルを防ぐ、あるいは、起こっても自分たちで解決できるように、組織的に取り組む下地を作りました。今後、N園の職場の人間関係はどのように変化していくのでしょうか。楽しみです。




2012年04月11日(水)

『ふれあいケア』2011年11月号②

方向性の確認

「あなたたちの話を聴いていると、何か法則のようなものがあるようね。今まで自分自身がかかわってもらった感覚や身をもって覚えた感覚が、人間関係を営む基礎になっているんじゃないかしら」

 谷口が、感想を言った。

「今までかかわってもらったようにかかわる。育ててもらったように育てるってことですね。でも、私の場合は、スーパーバイザー養成研修を受けて、他の職員へのかかわりがだいぶ変わってきました。あとからでも、人間関係を営む基礎を変えることができるように思います」

 小柴がこの数ヶ月の自分自身の体験を振り返った。

「研修を受けてどう変わってきたの?」

 谷口が訊いた。

「はい、相手の言葉や態度の背景には何があるのかに関心をもつことができるようになって、それを訊くようにしています。例えば、『この人は、どうして私が腹立たしく思うことを言うのだろう?』といった感じです」

「みんなが、小柴さんのように相手にかかわることができるようになれば、トラブルは少なくなるわねえ。私が一番見習わないといけないかも・・・・」

首をすくめるように谷口が言った。

「僕は、トラブルが起こったときに、主任に何回も助けられました。それに、そのつど自分自身を振り返ることができました。あのときは、『さすが主任』と思っただけなんですが、これからは、主任が僕にかかわってくださった感覚を思い出して、相手とかかわったらいいんですね」

 柳田は、ニコニコしながら言った。

「ところで、さっき課長は、『みんな守らないといけなかった』っておっしゃったでしょ。職員同士のトラブルを防ぎ、人間関係をよくしていくヒントがそこにあるような気がするんです」

「どういうことかしら?」

「みんな違いがあるから、お互いに自分の主張をしてもかみ合いません。かみ合わないから、お互い腹立たしくなってしんどくなるんですよね。みんなを守るために、私たちが率先して、『なぜそう思うのか』をよく聴いていったらいかがでしょうか。それを徹底していくと、その風潮がみんなに連鎖していくような気がします」

 小柴は、谷口と柳田に提案した。




2012年04月05日(木)

『ふれあいケア』2011年11月号①

「先日は、あなたのおかげで助かったわ。あなたが間に入ってくれなかったら、森本さんと大げんかになるところでした」

 谷口和代課長が、小柴礼子主任にお礼を言った。

「いえいえ、とんでもありません。その後いかがですか?」

「冷静に考えると、森本さんの考えはもっともだと思ったわ。専門的な知識って、学校では勉強するけれど、現場では勉強する機会があまりないじゃない」

「確かにそうですよね。私もスーパーバイザー養成研修を受けて、そのことを強く感じました」

 谷口と小柴は、森本良也施設長が職員に課した課題について振り返っていた。(2011年10月号参照)

 

上司への報告

「ところで、今日は、課長にご相談があって、ユニットリーダーの柳田さんと一緒に来させていただきました」

「どうしたの、改まって・・・・」

「実は、ここのところ、私のフロア、特に柳田さんのユニットでは、職員同士のトラブルが目立っています。その報告をしておきたいのと、何かご助言をいただけたらと思いまして・・・・」

 小柴と柳田は、江藤直美と本沢奈都子のこと(6月号)、須藤公子と島田省吾のこと(7月号)、介護職員と看護師の宮本香江のこと(8月号)、柳田啓介自身と江藤との会議でのこと(9月号)などについて報告した。そして、小柴は、そのつど表面上はいったん収まるが、未だに火種がくすぶっているような雰囲気があることを補足説明した。

話し合いと情報の共有

「今名前が二回出てきた江藤さんだけど。彼女が新人の頃、彼女のフロアは殺伐としていてね、先輩たちからいじめのような指導を受けていたのよ。先輩たちにとって彼女はイライラのはけ口だったのね。でも彼女は、自分が未熟だからって、ずいぶん頑張って仕事をしたの。彼女はとても真面目で一生懸命だった。彼女のフロアの主任を兼務していた私は、そんな彼女を何度も守ったのよ。会議で仕事ぶりを褒めたし、行き過ぎの指導をする先輩たちを牽制したし・・・・今考えると、その対応は間違っていたように思うの。先輩たちは、私の目があるから、江藤さんをいじめることができなくなって、でも、イライラの矛先を私に向けることなんてできないでしょ。結局、先輩たちは、私と反りが合わず、みんな辞めて行ったわ。私は、江藤さんだけではなくて、みんなを守らないといけなかった」

谷口は、当時のことを思い出しながら話した。

「そうだったんですか。今気づいたんですが、江藤さんには、先輩にきつく指導された感覚が残っていて、無意識のうちに自分が指導されたように本沢さんを指導してるんじゃないでしょうか」

 小柴は気づいたまま言った。

「僕もそう思います。僕が最初に配属されたフロアは、比較的穏やかな先輩ばかりで、人間関係のストレスってあまり感じなかったんです。改めて思えば、無意識のうちに、先輩たちが僕にかかわってくれたように、本沢さんや島田さんにかかわっているような気がします」

 しばらく黙っていた柳田が言った。

「宮本さんがおっしゃってましたが、かつて救命救急センターで教え込まれた患者さんへのかかわり方が、彼女の基礎になっているようです。」

 小柴が思い出したように言うと、柳田もすかさず言った。

「須藤さんは、島田さんの言葉使いが許せないのは、ご両親のしつけやクラブ活動の影響だっておっしゃってました」




2012年03月30日(金)

『ふれあいケア』2011年10月号③

問題解決に向けて

 管理職同士の対立は、現場に混乱をもたらします。しかし、多くの場合、現場の職員にはどうしようもありません。今回の場合、小柴さんですら、今までのようにすぐに話を聴いて、森本さんや谷口さんの自己覚知を促すことなど、立場上できるはずもありませんでした。

 

対立の裏側に潜む問題

 森本さんは、長年医療ソーシャルワークに携わっていました。医師など医療職と対等に渡り合うために、専門的な知識を身につけようと勉強に励みました。いわゆる学究肌です。

 5年前、N園の施設長に就任し、多くの現場職員に専門的な知識が欠けていることに気づきました。しかし、就任早々にそんなことを言い出すわけにはいきませんでしたし、法人事務局との調整や対外的な仕事に忙殺され、対策を講じる時間もありませんでした。

 タイミングが良かったのか悪かったのか、時間的なゆとりができたとき、ちょうど谷口さんが怪我で長期の休みに入りました。森本さんとしては、N園の生き字引であり、経験主義の谷口さんが長期の休みに入ったことで、現場に指示を出しやすかったというのが本音でした。

一方、谷口さんは、「自分がいない間に・・・・・・」という感情が先行しました。そして、今までも課長として業務を整理してきたという自負がありましたので、自分の仕事を後からやってきた森本さんに否定されたような気がしました。それでますます感情的になりました。

 

冷静に話し合う環境設定

 どのような場合も感情的になっている状況での話し合いは、よくありません。小柴さんはとっさに、森本さんと谷口さんが冷静に話し合う環境を設定する必要を感じ、「来月まで待ってほしい」と提案しました。その間に必要な資料を整えようと思ったのです。実は、小柴主任も、長期にわたるスーパーバイザー養成研修に参加していて、現場職員が専門的な知識を身につけることや業務の合理化の必要性を感じていました。

しかし、N園の開設以来、谷口さんの積み上げた業績が非常に大きいことも知っていました。当然それは、森本さんも知っていました。両者が冷静かつ客観的に話し合いができるように、小柴さんは主任の立場としてできることをしようとしたのです。

 

今回は、管理職同士の対立を取り上げました。非常に難しい問題です。管理職の方がたには、現場への影響を考え、同じ方向を向いて、一丸となっていただくことを願っています。




2012年03月27日(火)

『ふれあいケア』2011年10月号②

森本良也施設長の考え

 私は、以前から現場職員に専門的な知識が欠けていることを危惧していました。それに、この頃は人材不足で、資格をもっていない、まったく介護は初めてだという人も入職しています。そこで、リーダー以下の職員には二人一組で勉強をするように指示しました。

また、歴史のある施設ですから、後から後から付けたされて業務が煩雑になり、ずいぶん無駄があるように感じていたので、主任には後進の育成案と業務の合理化案を作るように、指示を出しました。小柴主任にスーパーバイザー養成研修に参加してもらっているのもその一環です。でもこれは試行段階で、谷口さんが復帰したら相談し、そのうえで本格的に実施しようと考えていたところです。

 

谷口和代介護課長の考え

 私は、N園を知り尽くしています。その都度最も良いと思う方法を模索してきました。確かに専門的な知識は不足している職員もいるかもしれませんが、経験的な知識が身につくように今まで指導をしてきました。5~6年目の職員は、すでに後輩や資格をもたない職員たちに指導できる力があるはずです。介護現場に空き時間などありません。少しでも時間があれば、利用者と接するようにするのが、N園の方針でした。今日、本沢さんは休みなのに出勤してきましたが、勉強が業務であるならば、それもおかしいのではないでしょうか。ただでさえ忙しい現場です。休みの日はきっちり休ませてあげるべきです。それに、人間相手の仕事に「合理化」というのはおかしいのではないでしょうか。

 

 両者の考えはこのような趣旨だが、両者とも感情的になっていた。

小柴は、どこまで行ってもかみ合いそうもない森本と谷口の議論に不安を感じた。このままでは、現場職員が混乱するだけだと思い、思い切って提案をした。

「職員には、休みの日には出勤しないように徹底します。職員の勉強会や私の業務合理化案の作成は、少しずつですが進んでいますし、業務合理化案については、来月中間報告をしますので、このまま続けさせていただけませんでしょうか。

勉強会の時間確保については、確かに問題があると思います。私のフロアのフロア会議とユニット会議で、時間の確保について話し合ってみます。これも来月報告します。その報告をもとに施設長と課長で話し合っていただけませんでしょうか」




2012年03月25日(日)

『ふれあいケア』2011年10月号①

・小柴 礼子(33歳) フロア主任

大学を卒業し、N園に就職。N園が増築された2年前に主任になる。スーパーバイザー養成研修を受講し、後進の育成や職場のよい環境作りに日々奮闘している。

・柳田 啓介(28歳) 6年目の介護職 ユニットリーダー

大学を卒業し、N園に就職。少々気弱なところがあるが、冷静で思慮深くまじめであるため、昨年ユニットリーダーに抜擢された。


・本沢奈都子(22歳) 新人介護職員

大学を卒業し、この春N園に就職。大学では、援助関係について深く学んだ。感情移入しやすいが、その性格をうまく活かし、よい援助関係を築こうと頑張っている。


・谷口 和代(58歳) 介護課長
           N園が創設された21年前から勤務している。N園の沿革           は知り尽くしている。強いリーダーシップを発揮し、何           かにつけ影響力が大きい。
  
                                              

・森本 良也(52歳) 施設長

                長年、病院でソーシャルワーカーをしていた。5年前、           前施設長が退職するにあたり、法人より強く依頼され、           施設長を引き受けた。温和な人柄である。


「あなたたち、何やっているの?そんなところで座って話し込んでる時間があったら、利用者さんの部屋にでも行って、コミュニケーションをとらないといけないじゃないの! あれ、本沢さん、今日は休みじゃなかった?」

 柳田啓介と本沢奈都子が、いつものようにデイルームの片隅で勉強会をしていると、介護課長の谷口和代がやってきて言った。けがで長期間休んでいた谷口が復帰して二日目のことだった。

「施設長からの課題で、空き時間を見つけて勉強会をしてるんです」

「私は、ちょうど休みだったので、柳田さんに合わせて勉強しにきたんです」

 柳田と本沢が答えた。

「勤務中に空き時間なんてないでしょ。それに休みの日に出勤するなんて・・・・・・。柳田君はすぐに職務にもどりなさい」

 谷口は信じられないというような口ぶりだった。柳田と本沢は困惑した。

 そのやりとりを少し離れた所で見ていたフロア主任の小柴礼子が駆け寄って、谷口に言った。

「ここではよくないので、詰め所で説明します」

 小柴は、森本良也施設長から主任をはじめ全職員に課題が出ており、リーダー以下は二人一組で勉強会をすること、業務に支障のないように空き時間を活用すること、年度末に報告会を実施する予定であることなど、施設長の指示を説明した。谷口は、全職員に課題が出ていることは昨日の引き継ぎで聞いていたが、具体的な指示の内容までは聞いていなかった。

 小柴は、施設長の指示は、職員が専門的知識を身につけることや、業務の合理化などが目的であることも併せて説明した。

「勉強はいいけれど、現場の職員が勤務中にそんな暇あるはずないでしょ。これから施設長のところに行ってきます」

 谷口は、大変な剣幕で施設長室に向かった。心配になった小柴は、谷口について行くことにした。案の定、谷口は森本に向かってまくしたて、管理職同士の議論となった。




2012年03月11日(日)

『ふれあいケア』2011年9月号③

問題解決に向けて

 

会議の進行を支える

 司会者が、自分の意見を主張し始めると、会議は前を向いて進みません。つい司会の役割を忘れて、意見を主張することに気持ちが傾いてしまうからです。

 小柴主任は、柳田さんが司会の機能を果たしていないと判断し、即座に介入しました。よい判断でした。会議では、こうした小柴主任のような役割をもつ職員の存在が必要になります。あるいは、日頃から、司会が機能しない場合、どうすればよいのかを職員全員で申し合わせておくなど、会議の進行を司会だけに任せず、全員で支えることも大切です。

 

お互いの考え方を確認する

 会議の場での衝突はよくあります。お互いに考えを譲らない。お互いに自分の主張をすると、いつまで経ってもかみ合いません。するとお互いに感情的になってきます。ところが、柳田さんや江藤さんのように、結局、同じようなことを考えている場合も結構あるのです。つまり、理想を踏まえつつ現実的に何が可能なのかを考えると、よく似た考え方になるのです。それにもかかわらず、何かがかみ合わず、口論になってしまいます。

 かみ合わない原因は、感情的なところからくる場合が多いのですが、小柴主任は、会議の場ではそのことに触れず、まず、二人の考え方について確認しました。その結果、よく似ていることがわかり、会議をこのまま進める方がよいと判断しました。

 

会議が終わってからの対応

 会議は何とか無事に終わっても、当事者の感情的なもつれを解決しないことには、今後も必ず同じようなことが起こります。そこで、会議が終わってから、当事者の話を聴くなどの対応をすることが大切になります。

 二人一緒に話を聴くのがよいのか、個別に聴くのがよいのか、一概にはいえません。そのときの判断です。いずれにしても、感情的なもつれを紐解いていくような対応が求められます。

 話を聴くことによって、当事者の自己覚知が深まります。自己覚知については、今までこの連載で示してきたとおりです。

 今回は、会議場面でのトラブルについて取り上げました。会議はどこの職場でも日常的に行われています。トラブルが絶えないと、会議そのものが苦痛になってしまいます。ストレスなく進行されるように、会議のあり方そのものについても、申し合わせをしておきたいものです。




2012年03月06日(火)

『ふれあいケア』2011年9月号②

江藤直美の考え

 私は、もちろん利用者さんの気持ちをよく聴き、それに応えることが大切だと思っています。でもこの頃、食事に時間がかかる利用者さんが増えています。食事のあとは、トイレの介助も多いですし、特に夕食のあとは、就寝の介助もしないといけませんので、手際よくやらないと、時間内に仕事が終わりません。時間内に終わらないと、引き継ぐ職員に迷惑がかかりますし、最終的には、利用者さんへの迷惑になると思うのです。ですから、利用者さんの気持ちを聴きつつも、手際よくやることを考えないといけないと思います。

 

柳田啓介の考え

 僕は、この頃、職員の都合が優先されて、利用者さんの気持ちがないがしろにされているような気がしています。ゆっくり自分で食事をしたい人でも、職員が介助してしまって、早く終わらせているのです。食事のあとにもいろいろな仕事がありますが、職員の無駄な動きが多く、手際が悪いように思います。機械的な仕事や事務的な仕事は、手際よくして、もっと、利用者さんの話をよく聴いて、それえに応えて必要があると思います。

 

「二人の考え方は、話の順序が違うだけで、内容はよく似ているわねえ」

小柴主任は、二人の話を聴いて感想を言った。島田と本沢もうなずいていた。

「二人がどうして口論になったのかは、会議が終わってからゆっくり聴きますので、この場では、『利用者さんの話をしっかり聴くこと』『利用者さんの気持ちに応えること』『手際よく仕事をすること』の三つをテーマに話し合いを進めることにしましょう。じゃあ、柳田さん、司会をよろしくお願いします。」

 小柴主任は、二人が落ち着いたことを確認し、柳田が司会者として会議を再開するように促した。

 会議は無事終わった。その後、二人が口論をすることはなかったが、何となく気まずい空気が漂っていた。小柴主任は、会議が終わってから、個別に話を聴いた。

 

江藤直美の気持ち

 私は、新人の頃、先輩に迷惑をかけてはいけないと思い、手際よく仕事をすることに努力していました。他の職員に迷惑をかけることがどうしても嫌なんです。本沢さんが入職して、迷惑をまったく気にしていないようで、この頃、意地になって、余計に手際よく仕事をしようとしていたように思います(六月号参照)。ですから、事務的な対応になっていたように思います。柳田さんは、それを感じ取られたのでしょう。反省しています

 

柳田啓介の気持ち

 最近、江藤さんの仕事ぶりが事務的で、リーダーとして、江藤さんと話し合わないといけないと思っていました。でも、話そうと思うと構えてしまい、今まで言い出せませんでした。そんな自分にもイライラしていたのです。会議の場では言わないといけないと思い、司会であることも忘れて、必要以上に感情的な言い方をしてしまいました。反省しています。




2012年03月02日(金)

『ふれあいケア』2011年9月号①

・小柴 礼子(33歳) フロア主任

大学を卒業し、N園に就職。N園が増築された2年前に主任になる。スーパーバイザー養成研修を受講し、後進の育成や職場のよい環境作りに日々奮闘している。

・柳田 啓介(28歳) 6年目の介護職 ユニットリーダー

大学を卒業し、N園に就職。少々気弱なところがあるが、冷静で思慮深くまじめであるため、昨年ユニットリーダーに抜擢された。

・江藤 直美(25歳) 5年目の介護職員

専門学校を卒業し、N園に就職。人に迷惑をかけることが大嫌い。少々ヒステリックなところがあるが、仕事に対しては前向きで努力家である。

・島田 省吾(21歳) 2年目の介護職員

専門学校を卒業し、N園に就職。少々言葉遣いが荒っぽく、周囲の誤解を招くことがあるが、親しみやすい性格で利用者には人気がある。

・本沢奈都子(22歳) 新人介護職員

大学を卒業し、この春N園に就職。大学では、援助関係について深く学んだ。感情移入しやすいが、その性格をうまく活かし、よい援助関係を築こうと頑張っている。



今日の会議の議題は、「食事介助をどのように進めるか」ということだった。

「江藤さんは、いつも職員の都合優先で介助のことを考えているけど、利用者さんの気持ちも考えるべきじゃないですか?」

 めずらしく柳田啓介が声を荒げた。

「私だって利用者さんの気持ち十分に考えた上で、段取りよく仕事をしようと思っています。柳田さんは、段取りのことなんか何も考えていないじゃないですか!」

 江藤直美も負けていない。とうとう、柳田と江藤は口論になってしまった。先輩たちが口論をしている様子を目の当たりにし、島田正吾と本沢奈都子は、うつむいたまま顔を上げることができなかった。

柳田は、会議の司会を務めていた。しかし、もはや司会者として機能していないと判断したフロア主任の小柴礼子は、二人の間に入った。

「二人とも落ち着いて・・・・熱心だから批判のし合いになるんだろうけど、今は、相手の批判はちょっと置いておいて、それぞれの考えを聞かせてもらおうかしら」


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