介護課長の谷口和代は、フロア主任の小柴礼子、ユニットリーダーの柳田啓介との話し合い(11月号)以降、努めて職員の話をよく聴くようにしていた。そして、週に一度は、三人でユニットやフロアの運営について会議の場を持つようにし、職員関係の動向についても情報交換をした。その度に、谷口は、職員の話を聴く技術や態度は、小柴や柳田の方が優れていることを実感し、自信をなくした。そして、見習わなければと思った。
そんな折り、江藤直美が、泣きそうな顔で谷口のもとを訪れた。
「どうしたの、江藤さん・・・・・・」
「・・・・・・」
「泣きそうな顔してるじゃない。まあ、そこに座って」
江藤は、案の定、座ったとたん泣き出した。少し落ち着くのを待って、谷口は優しく問いかけた。
「何かつらいことがあったのね。よかったら聴かせてくれる?」
「はい。実は私、この仕事、向いてないんじゃないかって思って・・・・・・」
「・・・・・・もう少し話してくれるかな」
「この頃、私のユニット、柳田さんを中心にすごくまとまって来ているような気がするんです、私以外は・・・・・・本沢さんは、前から利用者さんの話を聴くのは上手だけど、仕事の要領もよくなってきました。島田さんの言動には、この一ヶ月程、利用者さんだけではなく、私たち職員への思いやりも感じられるようになりました。あれだけ批判していた須藤さんや宮本さんが褒めるぐらいです・・・・・・成長していないのは、私だけなんです・・・・・・」
「あなただけ成長していないと思うのね・・・・・・」
「利用者さんはみな、柳田さんはもちろんのこと、本沢さんや島田さんに頼るようになってきてるし、私以外の職員は、みな楽しそうだし、私、一人ぼっちになってきました。私はヒステリックだから、誰も相手にしてくれないんです」
「一人ぼっちだと感じてるの・・・・・・」
「はい、私、たぶん嫉妬してるんだと思います。特に、本沢さんや島田さんには、今まで、私より劣っているところを見つけて優越感に浸ってたんですけど、もう劣っているところが見つからないんです。そんな自分が嫌で嫌で・・・・・・こんな卑屈な性格では、この仕事できないですよね」
「なるほど、それでこの仕事が向いてないと思ってしまったのね」
「私が新人のとき、課長は何度も私を守ってくださいましたよね(11月号参照)。
あのときは、先輩の指導がつらかったけど、課長がいるから安心してたんです。でも今は・・・・・・」
「でも今は?」
「今は、私を守ってくれる人がいないような気がして・・・・・・」
「あなたが新人の頃は、目に見えて先輩の指導が行き過ぎてたし、放っておけなかったのよ。今は、目に見えてあなたがつらそうな場面はないんじゃない?あなたは、しっかり自分のペースをつかんで仕事してるしね。あなたは、仕事に対して真面目で努力家だって、小柴さんも柳田さんも認めてるよ」
「・・・・・・そうなんですか」
「そうよ・・・・・・ところで、あなたの気持ち、小柴さんや柳田さんは知ってるの?」
「何も話してませんし、知らないと思います。柳田さんには、話しづらいんです。話せば聴いてくださると思うんですが、彼とは、経験年数がそんなに違わないの
ですが、感性が違うし、私自身、変なライバル意識をもってしまって相談しづらいんです」
「そう・・・・・・小柴さんにはどうなの?」
「小柴主任に相談しないといけないと思うんですが、まず、私のことを一番よく知ってくださってる谷口課長に話を聴いてもらいたかったんです」
「そうなの・・・・・・ありがとうね」
江藤は、谷口に心の内を聴いてもらっているうちに次第に落ち着いてきた。一方、谷口は、新人の頃から気にかけていた江藤が相談にやってきたことで、たいへんうれしく思った。
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