10回に渡り、特別養護老人ホームN園で起こるさまざまな人間関係のトラブルの「物語」を取り上げ、その解決方法について紹介してきました。最後に、「物語」を振り返り、整理しておくことにします。
トラブル解決から成長への物語
N園では、性格や価値観の違い、専門性の違い、立場の違いなどから、さまざまな人間関係のトラブルが発生しました。スーパーバイザー養成研修を受講し、「相手の立場に立って話を聴くこと」、「相手を理解しようとすること」、そして、そのことを通して「お互いに自己覚知を深めること」などの大切さを感じていたフロア主任の小柴礼子さんは、トラブルが起こるたびに、それらを自ら実践しました。
小柴さんが、トラブルの渦中にいる当事者の話を聴くと、それぞれの感情や考え方の背景やメカニズムが見えてきました(6月~9月号)。
「決して誰も間違っていない」。小柴さんは、誰も責めませんでした。こうした小柴さんの姿勢と話の聴き方に影響を受け、当事者たちは、その後、徐々にではありますが、お互いを認めることができるようになりました。
小柴さんが、何かと影響力の強い介護課長の谷口和代さんに理解を求め、率先してよい雰囲気作りのために動いてもらおうとしたことには、大きな意味がありました(10月号)。
谷口さん自身、職員の話を努めて聴いていくと、自分自身の「聴く技術」の未熟さを痛感しました。その未熟さから精神的に落ち込みましたが、それを救ったのは、江藤直美さんでした。そもそも江藤さんが、谷口さんのところに話を聴いてもらおうと訪れました。江藤さんは、もちろん谷口さんに救われたのですが、逆に、谷口さんも救われました。新人の頃から気にかけていた江藤さんが相談に来てくれたこと自体うれしかった。でもそれだけではなく、落ち着きとやる気を取りもどした江藤さんを見て、話を聴くコツをつかめたような気がしましたし、江藤さんに逆に支えてもらったような気がしました(1月号)。
また、ユニットリーダー柳田啓介さんの成長には目を見張るものがありました。柳田さんは、小柴さんや谷口さんとの話し合い(11月号)で、人間関係を営む基礎は、過去の体験からつくられること。しかし、それは、あとから変えることができることを学びました。そこで、今まで小柴さんが自分にかかわってくれた感覚を思い出して、相手とかかわったらよいことに思い当たりました。
その後、柳田さんは、看護師の宮本さんや、以前は柳田さんを非難していたパート勤務の須藤さんまでもが見直すほど、リーダーとして成長していきました。そして、陰口を聞いて精神的に落ち込んでいた島田省吾さんの話を上手に聴くことができました。そのおかげで、島田さんは元気を取りもどすことができました(12月号)。江藤さんが、自分自身の力で、本沢奈都子さんとの関係を取りもどしたのも、柳田さんの仲介があったからです(2月号)。
このように、小柴さんが、トラブルを解決しようと当事者に話を聴くことから始まり、谷口さんの変化、そして、柳田さんをはじめ若い職員の成長へと、物語は展開することになりました。
さて、物語ではあまり描写しませんでしたが、施設長の森本良也さんが各職員に与えた課題の効果も見逃せません。リーダー以下の職員には、二人一組での勉強会、主任の小柴さんと看護師の宮本さんには、業務改善と人材育成案の作成といった課題でした(10月号)。
こうした課題を通して、各職員が専門的な知識を身につけただけではなく、職員間のコミュニケーションが豊かになりました。「勉強会の成果は、すでに現れていると感じました。こんなに雰囲気よく報告会が進められたのは、その証拠だと思います」。年度末の報告会で、森本さんが締めくくった言葉がそれを象徴しています(3月号)。個々の職員の成長だけではなく、職場集団の成長が図られたといっても過言ではないでしょう。
ただ、この課題をめぐって、森本さんと谷口さんの間に一悶着がありました。管理職同士のトラブルは、現場に混乱をもたらします。現場への影響を考え、一丸となっていただきたいものです(10月号)。
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